「ないものはない。」年金の行方 12月12日
「ないものはない。」年金の行方 12月12日
年金記録紛失問題について、テレビ、雑誌などメディアで大きく取りざたされている。政府の粗雑な管理により、年金記録約5000万件の記録が紛失するという前代未聞の大事件である。現在の厚生労働省の舛添大臣はこの対応に追われており、半数以上の年金記録の復旧は終了したが、残りの約40%に当たる2000万件については難航している事実が判明した。
政府によると、年金記録照合のためのプログラムツールを作成し、今後順調に年金記録の復元ができるとの事だが、調査によると照合するためのデータ自体に間違いが多いため、その効果の程については期待はあまり出来ない模様。
舛添大臣はこうした一連の責務を問われた記者会見で「誰がやっても同じだ、ないものはない。」などと開き直るような発言をしている。確かにないものはないかもしれないが、そういう状況に陥ったのはどうしてなのか、その根本について忘れてもらっては困る。それに「ないものはない。」と言われてすむ問題ではない、人の人生、生活がかかっている重大な問題なのだ。様々な方面から圧力をかけられて精神的に参っているのも分かるが、この「ないものはない。」発言は軽率といわざるを得ない。
こうした年金問題から来る経済問題は様々。まず高齢者の生活の糧となる年金が受給できないということは、高齢者の消費が少なくなり経済の流通が鈍る。また、こうした重大な失策をする政府の信頼が失墜する。それにより円の価値が下がる可能性もある。他にも、この問題が及ぼすであろう影響は計り知れない。しかし、経済の話も重要だが人の命と生活が懸かっている年金が保障されないという事が一番の問題であるのは言うまでもない。
